「月刊 婦人展望」1977年6月号 (市川房枝記念会出版部)

[雑多なデータ&分析]
*菅直人の回顧録が発売されていたので、これを機にネット上で流布されている市川房枝が菅直人を批判していたとする話の元ネタ資料を改めて確認してみた。 ネット上では「私の国会報告」(*注)を参照しているものが多いが、ほぼ同様の内容がこれ以前に「婦人展望」に掲載されているため、おそらく婦人展望の文章を私の国会報告に掲載する際に加筆修正したのだと思われる。 今回、この話に触れているサイトをいくつか見てみたが、概略や一部抜粋のものが多かったため、せっかくなので該当部分の全文を書き写すことにした。婦人展望への言及をネット上で見かけないことや私の国会報告掲載分の"初稿"であることから、ここでは婦人展望の文章を写している。 私の国会報告にあり婦人展望に無い部分としては、菅が社市連に参加したことや選挙後に市民の会を追放されたことへの感想がある。 原文は縦書きだが、Web表示の関係で横書きになっている。改行位置は元のママにしようと思ったが、あまりにも読みにくいため、2行分を1行にまとめた。 記事の前半部は、市川がこの参院選でいかなる候補者も応援しない旨とその理由や革自連からの呼びかけも断っていることなど、菅と無関係な話であるため略した(全体の2/3程度)。記事全文の画像を最下部に載せているので、必要であればそちらを参照のこと。 *注 「私の国会報告」 第四号(1977) *市川が毎年発行していた国会レポート 「復刻 私の国会報告」(1992) 市川房枝記念会 *全号をまとめたもの
出典: 「月刊 婦人展望」(市川房枝記念会出版部) 1977年6月号15ページ目 私の頁・市川房枝 七月の参院選挙に対する私の立場 (略: 参院選での立場表明)  ところで選挙が近づくにつれ、いくつかの新しいグループが生れ、何人かの候 補者が公認された。 (略: 革自連について)  江田三郎氏が主唱した社会市民連合は無所属ではなく政党だが、その市民の側 として私の四九年の選挙の際、事務長をしてくれた菅直人氏が「参加民主主義を めざす市民の会」の代表として参加し、東京地方区から立候補するようである。  私は右の会にも関係なく、社会市民連合への参加や立候補について菅氏から何 の相談も受けていないし、他の人たちと同様推薦応援はしないつもりである。  菅氏は昨年一二月五日の衆議院選挙の際、東京都第七区から無所属候補として 立候補した。この時は立候補を内定してから私の応援を求めて来た。彼らの意図 は理解するが衆議院の無所属は賛成できないので推薦応援はしなかったが、五〇 万円のカンパと、私の秘書、センターの職員が手伝えるよう配慮し、「自力で闘 いなさい」といった。  ところが選挙が始まると、私の名をいたる所で使い、私の選挙の際カンパをく れた人たちの名簿を持っていたらしく、その人達にカンパや選挙運動への協力を 要請強要したらしく、私が主張し、実践して来た理想選挙と大部異っていた。然 し彼等は七万票獲得、私の時と同様大いに意を強くしたであろうが、選挙を甘く みてはいけない。自分たちの小さい組織を強くし、先ず社会に貢献する運動をし て積みあげるべきだと思うのである。この度の、社会市民連合で、組織のない、 難しい市民団体の代表として果してうまくやれるかどうかと心配している次第で ある。 (五・三〇)