[政党・会派] [政党・会派一覧(一括版)]
★概要
1977参院選を前に、成田得平(秋辺得平)を中心として結成されたアイヌ民族政党。
成田は北海道ウタリ協会の理事であると同時に、行動するアイヌを標榜して結成されたヤイ・ユーカラ・アイヌ民族学会にも参加して後に代表となっており、その行動力はアイヌ青年の中でも一目置かれていたが、2度のアイヌ訪中団に参加したことで中国の少数民族政策に傾倒し、1977参院選に向けてアイヌの代表を国政に送り込むとして「アイヌ青年参政協議会」を結成した。
結成大会には約180人が参加して参院選全国区への成田の擁立を決定すると、本多勝一ら多くの左翼系和人知識人から支持表明が相次ぎ、資金援助も行う者も少なくなかったという。この選挙で候補者擁立を予定していた革新自由連合からは参加を呼びかけられていたものの、自力での出馬にこだわって辞退している。。
しかし、成田の強引な手法には以前からアイヌ内部からも批判的な声が少なくなく、参院選出馬表明がウタリ協会やアイヌの有力者に相談が無いまま行われたこともあって、ウタリ協会からは選挙での推薦を拒否されている。一方で、成田は新左翼の影響を受けた左翼活動家でもあったものの、直接的に左翼系グループと繋がっていたわけではなかったため、新左翼系や共産系のアイヌ団体からの支援も得られなかった。
参院選では、アイヌ民族の復権だけでなく、全てのマイノリティを尊重する社会の実現を主張していたが、北海道内ですら1%にも届かない得票で惨敗した。
その後の活動は不明。
成田(後に秋辺姓に改姓)はその後も長くアイヌ民族運動に携わっており、2010年に長年に渡る協会ぐるみの補助金搾取が発覚した際には首謀者として協会役員を除名されたものの、その後も協会内外に強い影響力を維持している。
*成田得平(秋辺得平)
1943: 北海道生まれ
1976: 北海道ウタリ協会理事に就任
第2次アイヌ訪中団団長
1977: 参院選に出馬(落選)
1990: 秋辺姓へと改姓
1993: 総選挙に出馬(無所属・落選)
2001: 北海道ウタリ協会副理事長に就任
2009: 北海道アイヌ協会副理事長を辞任 *アイヌ協会はウタリ協会が改称したもの
2010: 北海道アイヌ協会理事を解任
秋辺は補助金搾取の他にもアイヌの文芸品の贋作を高値で売買するなどの不正行為で告発されている
北朝鮮との関わりも深く、全国でチュチェ思想の研究会を開いており、2012年の金日成の生誕100周年には金日成の木像を製作している
★役員
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代表: 豊岡政則(アト゚イ)
*豊岡は名目上の代表で、実質的なリーダーは成田得平
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★選挙
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1977参院選: 0/ 1 : 53682 0.11% # 成田得平(全国区)
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・北海道アイヌ協会
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