公明党・創価学会系の諸派諸政党

[政党・会派] [政党・会派一覧(一括版)]
        ┏公明新党→新進党に参加………┳→各派へ分裂
        ┃              ┃
        ┃              ┣新党平和━━━━┓
公政連━公明党━┫              ┃        ┃
        ┃              ┗黎明クラブ━┓ ┣公明党
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        ┗公明━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┻━┛

創価学会が1950年代に政界に進出した際には学会推薦の無所属としての候補者擁立だったが、1961年に政治団体として「公明政治連盟」を結成した。ただし、以後も暫くは公政連推薦無所属での候補者擁立で、公認候補擁立後も議会内での会派名は「公明会」を使用していた。その後、1964年の衆議院への進出を機に政治部門を学会から完全に分離するために公政連は「公明党」(1964)へと改組された。 公明党は学会支配の印象を薄めるために国民各層との連携を模索し、その一環として選挙でも無所属候補を推薦することがあり、国会では無所属議員と統一会派「公明党・国民会議」を結成している。 1993年に非自民非共産連立政権に参加して以後は連立グループの新党運動に参加。様々な理由から国会議員のみが新進党に先行的に参加して、地方議員・一般党員は時期を見て合流することになったため、公明党は「公明新党」と「公明」に分党され、公明新党が新進党結成に参加する形となった。 この際、一部の参議院議員は公明に参加したため、参議院では公明と新進党とが統一会派「平成会」を結成して活動した。 1997末の新進党解党に伴い、公明系議員のうち、衆議院議員は「新党平和」を、参議院議員は「黎明クラブ」を結成した。参議院の現職議員が夏の参院選で公明から出馬するため、黎明クラブは結成後まもなく公明に合流したが、衆議院議員は中間派新党の結成を模索するために別政党を結成した。 しかし、夏の参院選で民主党が自民党への対抗勢力として認知されたことから、公明系勢力の再結集へと方針を転換し、1998秋に公明と合流して「公明党」(1998)を復活させた。 新党平和は結成時に保守系の改革クラブと統一会派「平和・改革」を結成しており、公明党(1998)結成後は「公明党・改革クラブ」へと名称を変更していたが、2000総選挙で改革クラブが事実上消滅したことで統一会派は解消された。 公明党(1998)の結党時の英名は「New Komeito」だったが、2014年に「Komeito」へと変更されている。
公明政治連盟    1961~1964 ・公明党(1964)    1964~1994 ・公明会       1962~1964 *参議院会派 ・公明党・国民会議  1976~1994 *国会会派 ・公明        1994~1998 ・公明新党      1994 ・新進党       1994~1997 *公明の友党 ・平成会       1995~1998 *参議院会派、公明と新進党との統一会派 ・黎明クラブ     1998 ・新党平和      1998 ・平和・改革     1998    *衆議院会派、改革クラブとの統一会派 ・公明党(1998)    1998~現存 ・公明党・改革クラブ 1998~2000 *国会会派、改革クラブとの統一会派