[政党・会派] [政党・会派一覧(一括版)]
★概要
1994年に自民党を離党した議員を中心として衆議院で結成された院内会派。
会派解散後も新進党結成までグループとして存続していた。
結成に参加した5議員全員が自民党の政治改革推進派とされていた議員で、1993年の宮澤内閣不信任案採決でも造反している。このうち採決に欠席した鳩山はそのまま離党しているが、不信任案に賛成した大石・笹川・石破は総選挙後に追加公認を受け自民に復帰、欠席した西岡は処分を受けずに総選挙で自民公認を受けている。
鳩山以外の4名は自民に残ったものの細川内閣に好意的で党執行部と対立し、秋の政治改革法案採決では党議に反して政府案に賛成して再び処分を受けた。さらに連立グループが政治改革法案の年内成立のための国会会期延長を自民欠席のまま強行採決すると再び造反して賛成。採決後に4人揃って自民党を離党すると、翌1994初に鳩山を加えた5名で衆議院の院内会派として改革の会を結成した。
結成時に細川政権に協力的な立場を表明したため、連立グループは、改革の会を正式なメンバーではないものの、与党の政務幹事会や政務幹事会へのオブザーバー参加を認め、準与党として遇した。
しかしメンバー各々の政策や方向性は必ずしも一致しているわけではなく、連立各党に入らない/入れない議員の集まりという性格が強いため、新生党に接近した石破はまもなく改革の会を離脱している。
4月に連立与党の一部と統一会派「改新」を結成したため会派は解散したが、その後もグループとしては存続。羽田内閣では鳩山が労働大臣に就任し、オブザーバーながら与党代表者会議への出席も認められた。
羽田内閣崩壊後も旧連立グループに残留したが、非新生党の性格が強く、同様の立場にあった自由党・新党みらい・高志会と共に自由改革連合を結成した。秋の臨時国会では、旧連立グループが副議長ポストを巡って与党と対立した結果、新生党主導で村山首相の所信表明演説をボイコットすることとなったが、改革の会は審議拒否戦法を非難して5名全員が出席している。
12月に新進党が結成されると全員が参加。新進内ではグループとしての活動は見られず、そのまま消滅したと思われる。
★国会議員
新新党結成後
西岡 武夫 長崎01(10) # 代表 解党後は自由党
大石 正光 静岡01( 8) # 1996/12離党
鳩山 邦夫 東京08( 6) # 代表幹事 1996/09離党
笹川 堯 群馬02( 3) # 1996/11離党
石破 茂 鳥取全( 3) # 1996/10総選挙直前に離党
石田 勝之 埼玉01( 1) # 新党さきがけ離党後に参加 解党後は改革クラブ
★会派
1994/01/04: 5: 会派結成
1994/04/19: 4: 石破が退会=新生党へ
1994/04/25: --: 会派解散
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